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育成の鍵は「教えないこと」|アクティブラーニングとは?


■教育界のビックニュース

2014年12月、文部科学省が大きな発表をした。これまでのマークシート方式の大学センター入試に変わり、2020年から思考力や表現力を問う記述式の新試験を開始するというのだ。これまで日本の試験では「平安京ができたのはいつ?」といった知識を暗記する力が求められた。それに対し、2020年以降は「外国からの旅行者を日本に増やすためにどういうことをすべき?」といった「正解」のない質問に答える力が問われるようになる。

 文科省は同時に、そうした解答を導ける人材を育成するため、日本の教育現場にアクティブラーニング方式の教育手法をとりいれていくべきだと明言した。アクティブラーニングとは、文字通り、能動的に学ぶ姿勢を身に着けさせる教育手法である。これまでの日本の教育のように、教師が一方的に話すだけの授業ではなく、生徒に考えさせ、自分なりの考えをまとめ、実践させる教育手法だ。

学生に次々に質問を投げかけ、対話形式で授業を進めていくHarvard大学のMichael Sandel教授。「白熱教室」として、NHKでその授業の様子が放映され、日本でも有名になったことは記憶に新しい。その指導法はアクティブラーニングそのものだ。見事なファシリテーションで会場全体を巻き込んでいき、対話を通して、学生に自分の考えを醸成させていく。

 日米の教育を比較し、その違いを言語化するならば、「What do you think(あなたはどう思う)?」の違いということができる。つまり、自分の考えを問われる機会があるかないかということだ。米国の学校教育では一般に、世代を問わずそうした問いかけを、より重視している。

課題への解決策を提示する際、自分の頭で能動的に考えることを強いられるためか、Sandel教授のような「課題解決型」の授業を受けている学生には、多様な“自分の意見”が生まれやすい。

 この点は、教員が一方的に知識を教える「講義型」で答えを暗記させることよりも優れている点であり文科省がアクティブラーニングを採用した理由でもある。「――従来のような知識の伝達・注入を中心とした授業から、教員と学生が意思疎通を図りつつ、一緒になって切磋琢磨し、相互に刺激を与えながら知的に成長する場を創り、学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動的学修(アクティブラーニング)への転換が必要である」(2012年8月 文部科学省 中央教育審議会)

■イノベーションを生み出す能動性

 社員研修をしていると、企業の研修や教育手法も講義型から課題解決型への転換が必要であると感じる。

 研修を通じていくつも企業を見てきたが、上司、マネージャーが部下に考えを求める場合、「前例踏襲の回答」を求めるケースが多いと感じる。OJTをはじめとした新人育成の現場では、業界の基礎情報や関連する法律といった形式知や、あうんの呼吸で実施する商習慣などの習得を優先する傾向がある。

 新人にとってインプットは最も大切であるが、それが行き過ぎた結果として、会社の考え方や方法論に固執し、柔軟性を欠いてしまうようでは、育成が成功したとは言えなくなってしまう。

 聞くだけの講義型の研修に慣れて会議での発言が少なくなってしまっては、独創的なアイデアが生まれる土壌を作れない。人口が減る日本では、異なる文化圏で生活する海外の消費者にも受け入れられるような独創的な製品やサービスの創出が求められている。そのために“イノベーション”が必要になってくるのだ。

 総務省でも2014年から、イノベーションを起こせる人材を発掘するための施策「独創的な人向け特別枠」(通称:変な人)を設置した。イノベーションのためのプロジェクトを政府が推進するという。「失敗を恐れるなど、減点主義の企業が実際は多く、出る杭は叩かれる」「日本の法人の多くは合議制であり、部長が許可しても社長がだめなら進まない」など独創的な企画が出にくい、日本企業の会議などでの体質についての指摘もある。

 情報システム部門もシステムの運用とともに、売り上げに貢献するための要素が要求され、新規事業や新サービスを生み出す“イノベーション”の話に無関係ではいられない。

 

そうしたイノベーションを生み出すために、企業はどのように人材を育成すればいいのか。ここでは、教育現場とともに、日本企業もイノベーションのために能動性を養う教育が必要という観点から論を進めたい。  たとえば、ITの分野でイノベーションが生まれ続けている米国では能動的であるとともに会議でも自分の意見が要求され、上司が最も使うセリフは、教育機関同様、「What do you think(君はどう思う)?」という。研修でも上司が一方的にこうしろ、ああしろというのではなく、君の考えを聞かせてほしいと問いかける機会が、日本に比べて多いと感じる。 会議で自分の意見を求められ続けると、常日頃から自分で考える習慣がつくようになってくる。一例だが、道端を歩いていて、流行っている店を見つけたら、どうして流行っているのだろうか? おそらくこういう理由ではないかと自分なりの推測を立てるようになることさえある。  ただし、能動的に会議に臨み、積極的に意見を述べさせるためのこの取り組みには、いくつか気をつけておくべきポイントがある。 まず、基礎ができていない段階で意見を求めてもまともな回答は出てこない。プログラミングのプの字もわかっていない人に、「What do you think?」と聞いても意味はない。多くの職業において、まずは最低限の知識、基礎的な技術を習得しなければならないことは言うまでもない。 しかし、日本の教育では、あまりにもインプットに比重がおかれてきた。文科省がついに重い腰をあげなければならないほどに、その影響は甚大であり、それは企業にも及んでいるのではないか。

ここで、学習とは何なのかを定義してみたい。学習には「インプット」と「アウトプット」の2つの段階がある。まずは「インプット」。教師や先輩、上司の持つ優れた知見を学び、吸収する段階だ。インプットなくしてアウトプットはない。最低限の知識、技術の習得は不可欠だ。しかし、どんな知識も使われなければ意味がない。学習におけるアウトプットとは、知識の活用、実践、さらには自分なりに応用していくことを指す。

 米国の学校教育では、基礎的な知識を習得しつつも、自分で考え、答えを見つけるトレーニングをさせる。こうした能動的な学習姿勢は、これまでの日本の学校教育に少し不足していた要素だ。

 だが、既にあるものを「改善」するのではなく、新たにものを創造する活動、すなわちイノベーションを起こす際には、成否を左右する決定的な要素になってくるのである。

 日本の企業に、アクティブラーニングを導入する際、重要になるのはマネージャー層の教育である。鍵は答えを教えないこと。教えるのではなく、答えを発見させる指導法をマネージャー層に修得させるのだ。

 

得能絵理子

早稲田大学卒業。キャリア育成、企業改革、地方自治体改革のプロジェクトなどに従事。経済産業省主催「一流の基礎力インタビュープロジェクト」では、元IBM最高顧問・北城氏、ミュージシャン・坂本龍一氏などにインタビューを敢行。ウエブコンテンツとして発表、高い評価を得る。日経新聞社主催セミナーや、日経BP社ビズカレッジPREMIUMで講師を務めるなど、企業、大学に対しての研修・コンサルティングを担当。数百名を超える参加者も能動的に巻き込むワークショップは定評あり。

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